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最高裁判所第一小法廷 平成4年(あ)1096号 決定 1994年7月19日

本店所在地

福岡市早良区曙二丁目一一番二二号

有限会社

モリゼン

右代表者代表取締役

久保田守

本籍

滋賀県彦根市栄町一丁目二三番地

住居

福岡市南区西長住二丁目一一番一号

会社役員

久保田守

昭和一六年九月二四日生

右有限会社モリゼンに対する法人税法違反、右久保田守に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件にについて、平成四年一〇月一三日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人加藤石則の上告趣意は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大石勝 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 高橋久子)

平成四年(あ)第一〇九六号

○ 上告趣意書

被告人 有限会社モリゼン

久保田守

右有限会社モリゼンに対する法人税法違反、右久保田守に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件についての上告の趣旨は左記のとおりである。

平成五年一月三〇日

右弁護人 加藤石則

最高裁判所第一小法廷 御中

一 原判決は、一審判決を維持して、被告人の控訴を棄却したが、これには事実を誤認した違法があり、それが判決に影響を及ぼすこと明白であるので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものであるから、刑事訴訟法四一一条により原判決を破棄することを求めるものである。

二 原審が是認した一審判決の罪となるべき事実及び検察官の公訴事実は、被告人久保田及び被告会社の手形割引収入の権利確定時期もしくは帰属すべき時期について、受入割引料を、事業年度によって区分し、支払期日が翌年に到来する手形の割引料については、一月一日から期日に至までの日数に応じた金利を前受収益として翌期の収益とし、割引した当該年度の一二月末日までの金利を当該年度の受入割引料と認定しているが、手形の割引の法的性質については、これを売買と見るのが通説判例であり、被告人は顧客から手形を買い取り、これを丸善に売却していたのであるから、支払期日が事業年度をまたぐか否かに関係なく、割引料の金額から再割引料を差し引いた差額全体が当該年度の収益であると認識されるべきである。

三 この点に関し、原判決は「金融業を営んでいた被告人両名は、主な営業方法として、融資を求める顧客との間で、金銭消費貸借契約を結び、右顧客に返済期日までの金利を上乗せした約束手形を発行させ、これを割り引く方法で融資したうえ、すぐにその手形を丸善で再割引してもらっていたこと、また、被告人両名が顧客から徴収した約束手形を丸善で再割引してもらうに当たっては、その手形が不渡りになった場合これを丸善から買い戻すことが条件となっていたことが認められるから、顧客からの割引料は、顧客に対する金銭貸付けによる支払期日までの利息の性質を有するものであり、丸善に対する再割引料は、丸善からの金銭借受けによる支払期日までの支払利息の性質を有するものであることが明らかであるとともに、丸善での再割引が前記のとおりの条件付きである以上、右再割引をもって収入が確定するとみるべきではない。そうすると、被告人両名の手形割引による収入は、顧客に対する金銭の貸付による利息収入の性質を有するものであるから、手形割引の法的性質は売買であるとしても、税法上は、支払期日までの間の期間経過に対応する収入とみるべきであり、所論のように手形の再割引時に収入が確定するとする見解を採用することはできない。」とした。

四 所得税法及び法人税法上、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額によると定められている(所得税法三六条一項、法人税法二二条。)

収入金額の計上時期は、そのまま課税年分を決めることにつながり、累進税率を適用することとしている税においては、収入金額をいつの年分に帰属させるかによってその負担額に大きな差が生ずることとなり、更には税の時効時間にも影響が生ずることになる。

収入すべき金額とは、収入する権利が確定した金額を意味し、その確定の時期は、その権利を具体的に行使することができるようになったときであるとする権利確定主義がとられている。

権利確定主義は現金主義に対立するもので、簿記会計的には発生主義に属するものであり、<1>収入実現の可能性が高度であると云える程度に経済的利益が成熟し、確実化しているという実体的な面と、<2>課税の明瞭、確実を図ることないしは数額的な測定可能性という税制技術・会計技術的な面があるとされている。

権利確定主義の具体的適用について税法上に直接の規定はないが、所得税基本通達では各種所得ごとにその収入金額の帰属時期を示している。

これについても、右通達三六-八-(七)は、「金銭の貸付による利息又は手形の割引料でその年に対応するものに係る収入金額については、その年の末日(貸付期間の終了する年にあたっては、当該期間の終了する日)。ただし、その者が継続して、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げる日により収入金額に計上している場合には、それぞれ次に掲げる日」としたうえ、「ハ 手形の割引料その手形の満期日(当該満期日前に当該手形を譲渡した場合には、当該譲渡の日)」と規定しているところから、原判決は「弁護人は、右ただし書のハの括弧内の場合の取扱いを企業会計の原則であるかのように主張するとともに、本件の場合、右ただし書のハの括弧内の規定により、手形の再割引の日が、手形の割引料(差額)の収入すべきの期とされるべきである旨主張する。しかし、右ただし書は括弧内の部分を含めて、例外的な規定であることが明らかであって、右括弧内の場合の取扱いを企業会計の原則的なものとみることはできないうえ、徳永幸一の当審証言を含む関係証拠によれば、被告人久保田は、右ただし書の『その者が継続して、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げる日により収入金額に計上している場合』に該当しない(なお、法人である被告会社の手形割引料収入については右通達の適用がないうえ、同会社も、手形割引料を右ただし書に規定するようには計上していなかった)ものと認められるから、右ただし書のハの規定を適用する余地はなく、右主張は採用できない。」とするのである。

しかしながら、所論のとおり「手形の満期日」とする右ただし書は例外的な規定であることは明らかであるが、原判決のいうように「括弧内の部分を含めて、例外的な規定であることが明らかで」あるか否かには異論の存するところである。

けだし、右ただし書の「手形の満期日」というのは記帳能力を考慮して例外を認めたものであろうが、括弧内に「当該満期日前に当該手形を譲渡した場合には、当該譲渡の日」とあるのは、その時点で権利が確定するが故に本文の例外に対して企業会計の原則を適用して更に例外を定めて、基本原則に立ち戻ったものと解釈できるからである。

本件の場合には、継続して満期日に収入を計上する経理処理を行っておらず、「つまみ申告」をしたものであるから、通達三六-八-(七)-ハの規定が直接適用されないのは当然であるが、要はハの括弧内をいかに理解するかであって、弁護人は再割引の日に権利が確定するので、記帳能力を考慮して満期日に収入があったとする例外は措置は再割引のなされた事案には適用しないと定めたものであり、それは企業会計の原則が括弧内に現れているものと理解するのである。

五 手形を再割引した場合における手形取得額と再割引額との差額の収入について、その帰属すべき時期について直接取扱った裁判例は見当たらないようであるが、東京高裁判決、四七・五・二六は、手形を再割引していない事実についてではあるが、「手形割引により手形金額以下で手形を取得した場合には、手形金額と取得額との差額が手形割引収入を構成するというべきである。しかしながら、そうだからといって、所得税法上右手形割引のあったときに、手形割引収入が生じたとしなければならないものではない。所得税法上いつ収入が生じたとみるかは、所得税法上収入(所得)は経済的成果であるとする見地から定めるべきである。本来、手形は、満期に支払いがなされ、または再割引されたときに現金化され、そのときに右収入も現実化するわけであるから、それまでは右収入は、前受利益と考えられる。企業会計上の発生主義の立場からは、主たる営業活動による収益は、それが用役の対価である場合には時の経過とともに発生すると認識される。したがって、法人の手形割引の前受利益については、期間対応分を収益に計算することが原則とされている。このことは、所得税法においても特別の事情がない限り妥当すると考える。本件手形割引収入は、前記認定のように、事業収入であるから、右原則に従い、割引のあったとき以降時の経過とともに日々実現し、期間対応分が当該事業年度分の収入金額となり、未経過分は、翌期に繰り延べられると解するのが相当である。」と判示しており、手形を再割引して現金化された時点で収入が現実化するので、再割引された後は、前受利益は発生しないとの理解を示している。

このように手形を満期日前に割引した場合に、権利が確定したものとみるのは、前述の権利確定主義の基本理由である権利の確定化という実体面と課税の明瞭という技術面の双方の要求をみたしており、極めて合理的であると思料される。

その意味で弁護人は、原審において、右通達の括弧内の規定を企業会計の原則であると主張したものであり、それまでも例外的な規定であるとする原判決の解釈は誤りである。

六 原判決は、丸善で手形を再割引するに際し、「その手形が不渡りになった場合これを丸善から買い戻すことが条件となっていたことが認められるから、」再割引をもって収入が確定するとみるべきでないとするが、不渡りになった場合に買い戻すのは、物品の売買について瑕疵担保責任を負うのと同様であって、極めて例外的な不渡りの発生と買戻しをもって全体としての収益の確定時期を左右する考え方は本末を転倒したものである。

税法は事業活動と収益の実態に則して解釈運用されるべきものであり、被告人久保田及び被告会社は収入の殆どが商工ローン及び単名貸付における手形の割引金額と丸善での再割引金額との差額であり、その中から経費を支出して運用されていたものである。

そうすると企業会計における発生主義又は税法の権利確定主義からしても、再割引によって、手形が現金化され、収益が現実化するのであるから、例外的な不渡りの場合をもって全体像を見誤ることなく収入が確定したとみるべきである。

金子宏教授も「手形割引による所得は、割り引いた手形の満期の到来または再割引によってはじめて実現する(それまでの価値の累積は未実現の利得である)から、満期の到来した日または再割引の日の属する年度の所得であると解すべきである。」とされている(租税法二〇八頁)。

七 原判決は、顧客からの割引料が金銭貸付の利息の性質を有するものであり、丸善に対する再割引料は丸善に対する支払利息の性質を有することを権利未確実の理由とするが、このような収入の性質をもって、収入の発生又は権利の確定を左右すべきではないと思料する。

これを要するに原判決には、被告人らの再割引による収益の帰属時期を誤ったため、認定した税額に多大な誤差を生じており、これを破棄しなければ明らかに正義に反するものである。

本件については、直接の判例が見当たらない事案であり、弁護人において、なお理論的根拠及び本来の税額等について検討中であり、おって補充書を提出する予定である。

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